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岡山地方裁判所 昭和43年(わ)12号 判決

被告人 (一)中村隆司こと車隆司

一九四四・二・一一生 自動車運転者

(二)中村正夫こと車泰護

一九三一・四・六生 自動車運転者

主文

被告人車隆司を懲役四年に、被告人車泰護を懲役二年に処する。

被告人車隆司に対し、未決勾留日数中一二〇日をその刑に算入する。

被告人車泰護に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は互に叔父甥の関係にあつて当時いずれも旭東建設株式会社の下請をしている中村組のダンプカーの運転手として働いていたが、昭和四二年一二月二四日午前八時頃、倉敷市福田町広江所在の右会社水島出張所の採土場において、被告人車隆司が、同じく右会社の下請である友永建設のダンプカー運転手友永守(当三七才)友永利男(当二八才)八巻征克(当二二才)の三名から、積土の順番を無視して割込みをしたと詰問され口論となつたうえ右三名に顔面を殴打され、蹴られるなどの暴行を受けて顔面を負傷したところ、同所に居合わせた金在龍らの仲裁により喧嘩は一旦治まり、右友永ら三名は被告人車隆司の傍を離れたものの、同被告人としては右三名に右のような暴行を受け憤激治まらずにいたところ、被告人車泰護が右の頃土砂積取りのためダンプカーを運転して右採土場に到着し、被告人車隆司が負傷しているのを見て「どうしたのか」と尋ねると、同被告人が右三名を指し「あれらにやられた」旨答えたので、被告人車泰護は右三名により甥である被告人車隆司が傷を負わされたことを知り憤激し、ここに被告人両名は右三名に仕返しをしようと共謀し、被告人車泰護は、被告人車隆司の運転していたダンプカーの工具箱から同被告人が取り出した鉄製ジヤッキ棒(長さ六九・三センチメートル直径一・七センチメートル)を同被告人の手より取りこれを所持し、被告人車隆司は右工具箱から更にクリツプ廻し用鉄パイプ(長さ八四・五センチメートル直径五センチメートル)を取り出しこれを振り上げて、それぞれ右三名を追跡し被告人車泰護は友永利男を追い、被告人車隆司は友永守に追いつき駆け抜けざま同人の背後から右手に持つた前記クリツプ廻し用鉄パイプを振り下し同人の後頭部を一回強打して転倒させ、ついて八巻を追い、更に右採土場付近の同市同町広江一四二七番地鶴峰虎雄方庭先において被告人車泰護により追いつめられた友永利男に対し八巻の追跡を断念し右庭先に赴いた被告人車隆司が右手に持つた前記クリツプ廻し用鉄パイプで同人の腰や肩の辺りなどを数回殴打し、被告人車泰護が右手に持つた前記ジヤツキ棒で同人の頭部を二回殴打するなどし、よつて右友永守に対し頭蓋骨き裂等を伴う後頭部挫創の傷害を負わせ、同月二六日午後一時一六分同市水島青葉町四番五号水島中央病院において右後頭部挫創に基く硬脳膜下出血によつて同人を死亡するに至らせ、右友永利男に対し全治約一週間を要する頭部背部挫創等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人車隆司に対する殺人の訴因につき傷害致死罪を認定した理由)

一  被告人車隆司は捜査官に対し、友永守を殺害する未必的故意を以つて同人を殴打した旨供述している上、前判示のように守等から袋叩にされて憤慨し、同人等に報復しようと決意し、直径五糎、長さ八四・五糎、しかも相当の重量のあるクリツプ廻し用鉄製パイプを振り下ろして守の後頭部を殴打し、同部に頭蓋骨き裂等を伴う挫創及び硬脳膜下出血等の傷害を負わせ、後者により同人を死亡するに至らしめたもので、犯行の動機、兇器の種類、攻撃の態様、及び傷害の部位、程度等に照らせば、被告人車隆司が友永守を攻撃する際、少くとも同人を殺害せんとする未必的故意を有していたのではないかとの疑は一応否定できないところである。

二、しかしながら、前掲各証拠によれば

(1)  前判示のとおり、被告人車隆司は、友永守等の暴力沙汰に憤慨し、被告人車泰護の加勢を得て同人等に報復しようと決意したものではあるけれども、憤慨及び報復の程度は、受けた暴行の程度、態様を考慮に容れても、なお守を殺害しなければ晴れない程強いものであつたとは考えられず、殊に同人等が同被告人に暴力沙汰に及んだ原因の大半は同被告人の責に帰すべき事情に基くものである点を考えると、守を殺害しなければならないほどの理由も必要も認められない。

(2)  被告人車隆司が本件犯行に用いたクリツプ用鉄製パイプは、頭部を強く殴打する方法によつて、人を容易に死に至らすものであるけれども、同被告人は、守等を攻撃するためわざわざこれを準備したものでなく、同人等に対する報復を決意した際、偶々近くに停車中の自己のトラックの工具箱から取り出したものであり、しかも、最初右工具箱から直径一・七糎、長さ六九・三糎のジヤツキ棒を取り出したところ、同被告人の報復行為に加担した被告人車泰護によつてこれを取り上げられたため、已むなく再び右工具箱からクリツプ廻し用鉄製パイプを取り出したという事情が存するのであつて、右パイプは、ジヤツキ棒に比し危険性はより高い兇器であるとはいえ、同被告人がこれを選択して携帯するに至つたものとも解せられないから、兇器の危険性についての認識、認容はむしろ薄弱であつたといわざるを得ない。

(3)  守の死因となつた硬脳膜下出血と同一打撃によつて生じたと認められる同人の後頭部における外傷は、後頭結節の右方にあつて、同部の頭筋肉の破裂のほか頭皮軟部組織間に大手掌面大の出血及び頭蓋骨後頭稜右方にほぼ左右に約四糎の軽い骨き裂を伴う、左右に約五・五糎、幅中央部において約二糎のほぼ紡錘状の表皮剥脱創等であつて、右外傷自体は同種の他の殺人事件のそれに比較すればむしろ軽微なものであり、同人は、硬脳膜下出血により即死或は比較的短時間のうちに死亡したのではなく、約五三時間という比較的長時間経過後に死亡したものである。

(4)  更に、被告人車隆司の友永守に対する攻撃の態様は、次の如きものであることが認められる。

(イ) 同被告人の司法警察員に対する各供述調書には、概ね同被告人は右クリツプ用鉄製パイプを両手で持つて振り上げ、守の背後からその後頭部を強く殴打した旨の、検察官に対する供述調書には、同被告人は守に追いついて「おどりや」と云つたら、同人が立ち止まつたので、右パイプの端を両手で持つて振りかぶり後頭部めがけて力一杯殴りつけた旨の各記載が存する。

(ロ) しかしながら、同被告人が守を攻撃する直前、同人が立ち止まつたとの右の部分は検察官の取調の段階においてはじめて供述するに至つたものである上、他にこれを裏付ける証拠はなく、却つて、前掲各証人の当公判廷における各供述によれば、守は歩行中、しかも走りながら同人等を追跡していた同被告人から攻撃を受けたものであることは明らかであり、この事実のほか、守の後頭部における前示外傷の形状、程度に徴すれば、右外傷は、同被告人の振り下した右パイプの先端が僅かに当つたため生じたものと認めるのが相当であるから、若し、同被告人が今少し後方の地点から守を攻撃しておれば、同人の後頭部には勿論、その上半身にさえ当らなかつたであろうことは容易に想像しうるところであり、更に同被告人は、右守の攻撃の際、同人等から袋叩にされた屈辱感とこれに比例する憤り及び復讐の感情に支配され相当昂奮していた事実を併せ考慮すれば、同被告人がことさらに守を殺害するに足る有効な攻撃を加える位置を選定するほど沈着冷静な精神状態にあつたものとは解し難く、またかかる状況の下において、攻撃が失敗に終る蓋然性の多い守の後頭部を殊更にめがけて殴打したとの同被告人の右供述記載もにわかに措信し難く、むしろ、同被告人の攻撃態勢等より見れば、同被告人はことさらに守の頭部をめがけて攻撃を加えたものと断ずるのは困難である。

(ハ) 次に、同被告人が両手でパイプを持つて振りかぶり強く振り下ろして守を攻撃したか否かについては、前掲各証拠によつても判然とはなし得ないが、前判示のように同被告人の守に対する攻撃は走りながら加えたものである事実及び守の攻撃後続いて同被告人が友永利男に対し加えた暴行の際、同被告人は右手で右パイプを持つて攻撃し、しかも同人には死に至る傷害を負わせるような暴行に及んでいない事実に徴すれば、守の攻撃の際にも、これと同様に右手に右パイプを持つて攻撃した蓋然性も否定し去ることはできないところであるのみならず、仮に、同被告人が守の攻撃地点の選定を確実になし得たとしても、守の死因となつた傷害の程度、態様、死亡に至るまでの時間等より見れば、攻撃に用いた力は左程強いものではなかつたのではないかとの疑念を払拭しえない。

(ニ) しかも前掲各証拠によれば、同被告人は、友永守に一撃を加えたところ、同人が直ちに転倒したのを目撃したのであるから、同人に対し更に同様の攻撃を反復継続することは容易であつたにもかかわらず、かかる挙に出ることなく、走つて逃げる友永利男等に対し攻撃を加えるため、守に対する攻撃の結果を確かめることなく直ちに利男等を追跡したのであつて、この点よりみても同被告人に守殺害の故意があつたことを疑わせることは固よりであり、それのみに止らず果して未必の殺意があつたかの点についてすら疑念を懐かせるものである。

(5)  前判示のように被告人車隆司の守に対する攻撃と利男に対する攻撃との間には多少の時間的経過はあつたので、同被告人の利男に対する憤慨及び報復の感情が幾分緩和されたのであろうことは推測に難くないところであるけれども、右両者に対する犯意に変更が生じる程の時間は経過していないのみならず、その間に犯意の変更を招来するに足る特別事情の存在をも認め難いので、右両名に対する攻撃に際し、同被告人が懐いていた犯意は同一であると解するのが合理的であり、利男に対すると同様、守に対しても傷害の犯意で攻撃に及んだのではないかと疑わせる余地が多分に認められる。

(6)  守の死亡前において、同人の雇主等は被告人車隆司に対し、守の傷害を労働災害に基くものと仮装して、その治療を受けようとの提案をなしたところ、同被告人は直ちにこれに応じた心情を仔細に検討すれば、同被告人は勿論、本件犯行関係者等は、判示の如き同被告人の暴行によつてまさか守が死に至るとは考えていなかつたのではないかと思われる節をも看取される。

三  以上認定の諸事実に照らせば、被告人車隆司が捜査官に対し、友永守を殺害する未必的犯意を有していた旨の供述部分はにわかに信用し難く、右認定の如き本件犯行の動機、兇器の種類、友永守に対する攻撃の態様、同人に対する傷害の部位、程度及び同人に対する攻撃後の同被告人の言動等と彼此綜合すれば、同被告人は、守を殺害せんとする未必的故意をもつて、同人を攻撃したと断定するにはその証明が十分でない。よつて同被告人は守に傷害を加える犯意で同人に対し判示の如き暴行に及んだに止まると認めるのを相当とする。

(累犯前科)

被告人車隆司は昭和三九年七月一八日広島地方裁判所で公務執行妨害罪により懲役四月に処せられ、昭和四一年八月七日右刑の執行を受け終わつたものであつて、右事実は前科調書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為中、友永守に対する傷害致死の所為はいずれも刑法六〇条、二〇五条一項に、友永利男に対する傷害の所為はいずれも同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、傷害罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人車隆司については前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により(但し傷害致死罪については同法一四条の制限内で)各罪ごとに再犯の加重をし、以上はいずれも同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条によりいずれも重い傷害致死罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人車隆司を懲役四年に、被告人車泰護を懲役二年に処し、被告人車隆司に対し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一二〇日をその刑に算入することとし、被告人車泰護に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名をして連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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